トモーヌのひとりごと

レゴや音楽、政治などを扱う雑記ブログ

犯罪行為を「いじめ」にしたり「セクハラ」で表現するのは間違いである

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日本語というのは表現豊かな言語です

よって表現によっては軽く感じたりしてしまい罪の意識を持てなくなってしまうのです

言葉の使い方が重要であるという事を今回は書いていこうかなと

犯罪行為を軽く表現している

よく言う「いじめ」というのはれっきとした犯罪行為です

殴れば暴行罪、怪我をさせれば傷害罪、脅せば脅迫罪、金銭を脅して奪えば恐喝罪です

刑法に書いてある通り、完全に犯罪なのです

訴訟を行えば民事上の責任も追及され二重に罰せられる問題なわけですよ

ですが「いじめ」って言われると犯罪という印象が薄くなってしまいます

この話って被害者の意思を考慮していないのですよ

加害者もしくは第3者が言う詭弁なわけです

表現が軽いので被害者も責められる原因に

本来「いじめ」や「セクハラ」って加害者が悪いわけですが、日本では被害者も責められてしまいます

「いじめられるほうにも原因がある」って理屈だそうですが私はこの理屈を使うのは適切では無いと考えます

仮に原因があったとしても「いじめを受けても仕方がない」という話にはならないのです

「通り魔に合うのは街を歩いているから仕方ない」

↑これと同じ理屈です、納得出来ますか?納得出来る人はちょっと冷静になってくださいね

いじめが発生してしまったら徹底的に裁かなければいけません、犯罪行為なので当たり前の話

学生であれば社会勉強の一つになるでしょうからメリットもあります

それらをはっきり処理した上で、被害者側に対策を提案するならばまだ理解出来ます

 

一番に被害者を責めるのは間違いです

曖昧な表現をして喜ぶのは悪い奴

政治家を見れば分かりますが、問題を起こしても適当な言い訳ばかりして逃れようとしています

その文言を見てください、問題の本質からズレているだけでなく「自分は被害者だ」と言わんばかりの言い回しを使っています

「セクハラ問題」についての政治家の認識をニュースやツイッターで見ますが酷いものですよ、例えばコレ

「風習」って言葉を使う時点で印象を軽くしていますし、論点が「セクハラ」なのに問題解決ではなく飛躍するほうにシフトしています

結局それで真実が明らかになりますか?被害者は浮かばれますか?加害者側が喜んでいませんか?

 

「誰が得をするか」で考えれば分かる話ですね

まとめ

誤った表現、日本語を正しく使わないことで得をするのは加害者側である事が多いです

学校や親に怒られそうになる時の事を思い出してください

ストレートに言うのではなく曖昧な表現をして伝えたりしませんでしたか?それって少しでも罪を軽くしようと考えるからじゃないでしょうか?

自分の言い訳が通用した時「よかったー、何とかなったー」って安心しませんか?

 

わかりましたか?決して被害者にとって良くない表現って事が

自分を庇おうとする人間の使った表現なのですよ