トモーヌのひとりごと

レゴや音楽、政治などを扱う雑記ブログ

体罰容認が6割も!体罰は教師にとってリスクしかない

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以前から体罰については反対の私です

過去記事にいくつか体罰について書きました

 国際NGO団体が2万人を対象に調査したところ体罰容認が6割近くいると発表した

www.buzzfeed.com

今回はスウェーデンの例をちょっと紹介します

スウェーデンでは体罰禁止

ヨーロッパ全体で「体罰を禁止」の流れが出来ているとされておりますが、スウェーデンでは家庭内の体罰も全て禁止としています

1979年に法律が制定されました

それ以前はスウェーデンだけでなくヨーロッパ各国でも体罰は普通にある話でした

日本でも折檻って言葉があるように、海外でも「愛のムチ」という名の下に体罰が普通にあり愛情表現の一つとも言われていたのです

「子供は大人の所有物」

「わが子に体罰を加える権利、義務はある」

スウェーデンも当時はこのような考えが普通でしたが、2010年には体罰の件数が10%程度に激減したのです

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ちなみにスウェーデンでは、学校内のいじめ件数が先進国では少ないといわれています

体罰禁止の結果、若者の犯罪率への影響についてはこう記されている

 若者の犯罪は増加しましたか?


かつて、若者の犯罪への対応には、腕力を使うことが効果的だと信じるお
となが大勢いました(いまもおそらく少しはいるでしょう)。スウェーデンの若者は、体罰禁止以降、以前より問題を起こすようになったとさえ言われることがあります。


スウェーデン犯罪防止委員会(Brå)は、犯罪と犯罪防止に関するデータ作成と情報提供を行なっていますが、この役割の一環として若者の犯罪も注視しています。同委員会の報告によると、入手できる数値からは、1990年代半ば以降、若者の犯罪の減少が見て取れるといいます。その主な要因は、若者の窃盗罪と器物損壊罪の減少です。暴力犯罪への関与には、あまり変化がありませんでした(12)。スウェーデンで罪を犯す若者の大多数は、常習犯にはなりません。常習犯となる少数の若者が、犯罪の大部分を担っているのです。

めっちゃ適当に言うなら「体罰無くても良い大人になる」って話ですな

むしろ体罰に頼る教育こそ大人のエゴであり、子供の人権を軽視しているといえるわけです

スウェーデンの体罰禁止についての参考資料は以下の通り

子どもに対する暴力のない社会をめざして

ー体罰を廃止したスウェーデン35年のあゆみー

http://www.savechildren.or.jp/scjcms/dat/img/blog/1713/1412921460115.pdf

体罰容認の理由は後付けであり、子ども目線ではない

よく言われる体罰の必要性は私達大人目線であります(当たり前だけど)

つまり体罰を受けた瞬間の子どもの心理状況は一切考慮していません

ただ単に力で押さえつけるだけです

体罰を受けた側も成長するにつれて知識をつけますから、昔受けた体罰について理由を付けれるようになるわけです

つまり当時感じたことや、体罰を与える側の心理状況は関係無くなっています

だってさ、体罰与える側ってさ冷静さを失っている事が多いだろ?

少なくとも私の経験上、体罰は感情で行っており理屈なんか無かった

小学校の頃とか児童を叩く教師がいたが、教育の為なんかじゃなかったぞ

「きぃいいいい!」ってなりながら児童に暴力をふるっていただけだ

こんなので「児童の為」って考える余裕あるわけないだろ

悪影響だって考えられるからリスキーな行為なのだ

結局、起きた体罰に対して後付け理由をつけているだけです

子どもの人権は保障すべき

子どもの権利条約というのがありまして、「子どもの基本的人権を国際的に保障するために定めれた条約」なのです

これ国連総会で1990年に発効されて、日本は1994年に批准しました

この条約には4つの柱があります

生きる権利

子どもたちは健康に生まれ、安全な水や十分な栄養を得て、健やかに成長する権利を持っています。

守られる権利

子どもたちは、あらゆる種類の差別や虐待、搾取から守られなければなりません。
紛争下の子ども、障害をもつ子ども、少数民族の子どもなどは特別に守られる権利を持っています。

育つ権利

子どもたちは教育を受ける権利を持っています。また、休んだり遊んだりすること、様々な情報を得、自分の考えや信じることが守られることも、自分らしく成長するためにとても重要です。

参加する権利

子どもたちは、自分に関係のある事柄について自由に意見を表したり、集まってグループを作ったり、活動することができます。そのときには、家族や地域社会の一員としてルールを守って行動する義務があります。

 ってなわけでこの考えからしても体罰はよろしくないわけです

体罰は力で子どもを押さえつけておいて、「愛のムチ」って後付理由で正当化しているわけです

このリスクを背負ってまで体罰をするのはオススメ出来ませんね

学校での体罰の問題は子どもへの影響だけではない

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過去記事でもちょっと書いてあるが、私としては体罰反対する理由に「教師を守る」がある

「なにいってんだ?こいつ」

そう思うだろうが聞いてくれ

今の日本ってさ、たまに学校での体罰が問題になるだろ?んでネットで炎上したりするではないか

生徒側に過失があったとしても教師は不利益を被るのだ

私達が「教師は悪くない!」って叫んだりネットで書き込んでも無意味といってもいいだろう

「多少の体罰は必要」

「手をあげないで非行を防止出来ない」

「授業中、暴れたりしてどうしようもない生徒がいたらどうするのだ?」

うんうん、言いたい事は分かるよ

だから体罰を容認したいってなるのもうなづけるけど、冷静に考えてほしい

日本でも法律で体罰は禁止されている(学校教育法第11条)

他人に暴力を働けば暴行罪だし、怪我をさせたら傷害罪だ

さて、この条件化で教師が体罰を行えばどうなるか分かるよな?

たとえ正当な理由があったとしても教師が面倒な事になってしまうよな?

体罰容認したいのはわかるけどさ・・・

教師にそこまでのリスク背負わせるのか?

教師だって人間だぞ、そんなに良い水準の給与じゃないのに一歩間違えたら犯罪者になるリスクを背負わされるんだぜ?

嫌だろ

国が面倒見てくれるならまだしも、結局教師が不利益を被るんじゃないか

体罰を禁止にして問題ある生徒は担当教師だけでなく学校や教育委員会が連携して対応するようにしたり、犯罪を犯した生徒は容赦なく警察に通報したり

授業妨害をした生徒は学校と教育委員会が、生徒と親に注意出来るようにしたり、考え方によっては方法は色々あると思うのですよ

 

あ、中には本当にダメな教師がいるので、それについては擁護の必要なし

 

そもそも教室で暴れている生徒がいるなら警察呼んで連れて行ってもらえばよいと思う

これこそ社会を学べるというか教育の一環になるんじゃないの?

「悪いことすると警察に連れていかれる」ってさ