トモーヌのひとりごと

レゴや音楽、政治などを扱う雑記ブログ

日大アメフト部タックル事件 加害者記者会見の全議事録その1

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5月22日、日大アメフト部の事件について加害者である宮川氏が記者会見を開きました

会見は1時間ほどでした

この会見の議事録を2日にわたって載せます

会見の趣旨についての説明

司会:えー、お待たせしました。あー、それでは会見を始めます。えーご存知のように今月の6日に行われました、日本大学と関西学院大学のアメリカンフットボールの試合で、えー日本大学の反則によって関西学院大の選手が負傷し、大きな社会問題となっております。

えーまあ本日は、この時反則を犯し退場処分を受けた日大選手ご本人が会見者としてお越しです。えー試合後マスコミの取材には応じておられませんでしたが、代理人を通じて日本記者クラブで会見したいというご要望がありましたので、真実を知るためにはご本人の説明は不可欠とこちらも判断致しまして本日の会見をお受け致しました。

えー、当クラブではですね、これまで会見者側から弁護士同伴のご要望があった場合、会場内での待機は認めても壇上での同席はお断りしてきました。

しかし今回は会見者が20歳になったばかりの学生さんであり、今後の責任問題などを考慮して代理人である弁護士の壇上での同席を認めることに致しました。

尚これは今回だけの特例でありまして、前例にならないことを当クラブとして明確にお伝えしておきたいと思います。

えー、次に進行ですけども。最初に代理人の方から本日の会見に至った経緯をお話いただき、続いてご本人から陳述書を読み上げる形で今回の反則に関する事実関係を説明してもらいます。その後会場から質問をお受けいたします。

申し遅れましたが私司会を勤めさせていただきます、私は当クラブ企画員スポーツ日本新聞社宮内と申します。どうぞよろしくお願い致します。

それでは代理人の方どうぞ。

代理人(弁護士)の経緯についての説明

代理人:えー私、ご本人から、それからご本人のご両親から本件を様々な(聞き取れない)問題解決(聞き取れない)弁護士の西畑タダシと申します。

同じく横におりますのが薬師寺コウスケ弁護士です。2人で担当させていただいております。

それでは着席させていただきます。

まず冒頭ですが、このような形でご本人がいわゆる顔出し、容姿の撮影をあえて受けてお話をすることは異例かと思います。

特に先ほど司会の方が仰ったように、20歳を過ぎたばかりのいわば未成年に近いような方が顔を出すことについてのリスクというのは私共も随分承知をしておりますし、ご両親ご本人にもお話を致しました。

しかしご本人ご両親共、この会見が事実についてつまびらかにするだけではなくて、むしろ被害者、被害選手とそのご家族、それから関西学院大学アメリカンフットボールチームに対する謝罪の意味が強いという捉え方をしていますので、一言で言うと「顔を出さない謝罪はないだろう」「顔は出さなくて何が謝罪だ」ということを考えて、あえて撮影を受けることに致しました。

氏名についてもあえて秘匿をするまでもないということを仰ってます。しかし私どもとしては、代理人としては長い将来のある若者です。この先どのような不測の事態があるとも限りませんし、被害が被らないとも限りません。そういう事に是非ご配慮いただいて、出来ればずっとそのアップで撮るようなことは避けていただいて格別のご配慮をいただければ最高等にこれを申し上げておきたいと思います。

それで私の方からはですね、この会見の趣旨とこの会見に至った経緯を簡単にご説明します。

お手元に配布資料が配られていると思います。その表と裏どちらをもってかはわかりませんが、日付の入っている方に本日の記者会見の趣旨と開くに至った経緯、経過表というのが記載してございます。これに基づいてお話をさせていただきます、若干の時間いただきます。

この会見は今申し上げたのでお分かりかと思うのですが、今年の5月6日に行われた日大アメフト部と関大アメフト部との第51回定期戦において、日大チームの選手この当該選手が行った反則行為によって関学大チームのQBが負傷した件について、当該選手に対して監督・コーチからその反則行為の指示があったこと明らかにし、その具体的対応についてご説明するのが目的の一つです。

先ほど申し上げたようにそれは、関係者、特に被害選手とそのご家族に対する謝罪の第一歩でもあるという捉え方で、この会見をあえて開かせていただきました。

これから先の呼び名ですけれども、私の方から本人を「本人」ないし「当該選手」と呼ばせていただきます。それから大変失礼とは存じますが、関西学院大学アメリカンフットボール部の事を「関学アメフト部」、それから日本大学アメリカンフットボールチームの事を「日大アメフト部」という風に略称する事があることはご容赦ください。

本件に至った経緯をその下の経過表に従って説明を致します。5月6日以降の経過を日を追って書いてございますけれども、大きな動きがあったのは5月の6日の後、5月の10日でございました。5月の10日に関学大アメフトチーム、アメフト部から日大アメフト部対して申し入れ文書が出されました。これを受けて本人とご両親は監督を尋ねました。実はこの時まで監督、コーチ、チームメイトと会ったのは本件の2日後、グランドに行って話をしたのが最初です。この5月の11日はいわば監督と会うのは2回目でございます。この時ほ、本人とご両親は監督に対して個人として直接謝罪をしたいということを申し上げたのですが、監督からはそれを止められました。具体的な話は後でご本人が申し上げます。この時事実関係について監督からもコーチからも質問は一切ありませんでした。

「何故君はあういう事をやったのか?」という理由の説明を求められた事は一切ございません。あえて言えば今まで一度として部の上の方から求められたことがありません。

5月の12日本人とコーチが関学に謝罪に参りましたけども、「申し入れ文書に対する回答が無い限りは謝罪を受けられない」と言って断られております。

5月の14日月曜日ですが、本人と父がOBから呼び出されて日大のある校舎に参りました。この時呼び出されてお話はしたんですが、その後学生連盟の規律委員会から事情を聞きたいという申し出がありまして、そこに本人とお父さんが伺いました。ここで規律委員会にはこれから本人が申し上げる事実の経過をかなり詳しくお話をしています。事実経過に関してお話をしたのはこの5月の14日の19時以降が最初でございます。

5月の15日になって、お父さんが私のところに相談にお見えになりました。私が関与したのはこの時が初めてです。このお父さんがお見えになったのは5月の15日に関学大の申し入れ書に対する日大側の回答書が出た、これを受けてお父さんとしては個別にでも謝罪したいんだけれどもそれが認められていない。それから事実について報道を見る限りは監督・コーチからの指示があったということは否定されている。あまつさえ本人が指示が無かったと否定しているというような報道までありました。そういうのをご覧になって「このままでは事実が明らかにならない、本人が勝手に突っ込んで怪我をさせたということになってしまう」という事と謝罪そのものが認められないのは納得がいかないということで、この2つを主として早めに実現したいということで私のところに相談に参りました、お見えになりました。

翌日私は本人からこの薬師寺弁護士と2人で詳細な事実の聞き取りをやりました。この日、大学本部から呼び出しがあってお父さんにはOBからの呼び出しもありましたけれども、これは何れも断りました。大学ないし部からの申し出を断ったのはこの時が初めてであり今までにその他に断ったことはございません。まあこれを断る作業は私の方でやりました。そうしたところ大学に連絡したその私のところに「翌日に事情聴取に来てほしい」という申し入れが大学の総務部からありました。

翌日5月の17日の午前中に本人とお父さんと私で伺って事情聴取に応じました。これが大学側に事情聴取に応じて事実をご説明した最初でございます。しかしこれは確認しましたが、「部としての聞き取りではない」ということを明確に仰っています。

「大学と部は違う団体であり組織である」ということであくまで大学としてお聞きしたいということでした。

この聞き取りを受けてこのままでは、、あっ、もう一つ申し上げるのを忘れてましたが、この聞き取りの再に私とお父さんから個人としてでの被害選手とそのご家族に是非謝罪に行きたいということをサイド申し入れてます。これは「止められてもこちらとしてはこちらの判断で行くことがありますよ」ということを申し上げております

しかしこの5月の17日の時点で関学大の記者会見が行われました。そこでやっぱりあくまで監督・コーチへの謝罪を求めるという関学のご意向が伝わってきました。それをお聞きしまして何よりも監督・コーチよりも前に加害選手として当該選手が謝罪すべきではないかという判断を致しましてこの日の夕方、関学大の窓口になるディレクターに私の方で連絡をとって「謝罪を受け入れていただきたい、あくまで大学とは別に個人として謝罪したい」ということを申し上げました。その後、「明日にでも大丈夫ですよ」という連絡を頂いて、翌日本人とご両親が大阪に伺って被害選手とそのご両親、それから後から入られたのですが関学大チームのディレクターとお会いして謝罪をさせていただきました。約1時間の話だったとお聞きしています。

代理人宛に大学本部からこの日に21日に本人から聞き取りをしたいという申し入れがありましてお受けいたしました。5月の20日、規律委員会から再度ヒアリングをしたいという申し出があって私とお父さんとご本人が行って詳しい説明をもう一度しますた。そして昨日ですが、大学本部から事情聴取を受けた。この時も「あくまで部としての説明ではない、部としての聞き取りではない」という事を確認いたしました。ただ「大学の聞き取りの結果を部には伝えます」というふうに仰ってたので「どうぞ」というふうに申し上げております。この時、私の方から「部からの聞き取りが無いのはおかしいのではないか?」ということを申し上げました。それは5月15日付回答書、関学大に対する回答書、それと報道機関に対する日大アメフト部からの文書に何れも「指導者の指導と本人の理解との乖離がある」と書かれていながら本人に一度も部としての確認は無い、これはおかしいのではないか。そして報道機関宛も5月17日文書には「本人にでの聞き取りを含めて24日までにそれを終えて回答を再度いたします」と書いてあるのに21日の時点でまだ何も無い。これはおそらく大学という、、、部としての聞き取りをやらないであろうという判断を致しまして、あえてその日急遽決めてこの会見を設けさせていただいたという次第です。

以上が経過ですけども、あくまでこの会見はご本人とご両親からの被害選手達、関係者、被害選手のご両親と関係者、そして関学大チームに対する謝罪を前提とした事実の説明でございます。

内容については「反則行為について指示があった」ということを明確に申し上げるつもりであります。

以上で私からの前提の説明を終わらせていただきます。

加害選手(宮川泰介選手)陳述書

司会:わかりました、じゃあ続きましてご本人の方からお願いします。

宮川氏:まず最初に本件により怪我をさせてしまった関西学院大学のアメリカンフットボール部のクォーターバックの選手、およびそのご家族、関西学院大学アメリカンフットボール部、その関係者の皆様に対し、大きな被害と多大なるご迷惑をおかけしたことを深く反省しております。本当に申し訳ありませんでした。(ここで深く礼)

試合の日までに至った経緯ついて、試合の3日前の5月3日から話させていただきます。

今年度の試合は本件までに4月20日、4月29日の2回行われています。そのいずれについても私はスターティングメンバーで出場しました。5月3日の実戦形式の練習でプレーが悪かったということでコーチから練習を外されました。これまで同じような事はありませんでしたが、この頃は監督・コーチから「やる気が足りない、闘志が足りない」という指摘を受けるようになってきたので、このプレーをきっかけに外されたのだと思います。その後、全体のハドルの中で、監督から「宮川なんかはやる気があるのかないのかわからないので、そういう奴は試合に出さない。辞めていい」と、井上コーチからは、「お前が変わらない限り、練習にも試合にも出さない」と言われました。

5月4日。練習前に、監督から「日本代表に行っちゃダメだよ」と、当時選抜されていた、今年6月に中国で開催される第3回アメリカンフットボール大学世界選手権大会の日本代表を辞退するように言われました。監督に理由を確認することはとても出来ず、「わかりました」と答えました。この日は今年度初めて全体で行うディフェンスインディーの日でした。未経験の1年生がいたので副キャプテンがタックルをして、私が受ける形でメニューをやって見せるために私がダミーを持ちました。するとコーチから「なぜ最初にダミーを持つんだ」と言われてグラウンドを10周走らされました。その日の実践練習は、練習前に井上コーチに確認したところ、「宮川は出さない」と言われて外されました。

5月5日、この日も実践練習を外されていました。練習後、井上コーチから「監督にお前をどうしたら試合に出せるか聞いたら、相手のクォーターバックを1プレー目で潰せば出してやると言われた。クォーターバックを潰しに行くんで、僕を使ってくださいと言いに行け」と言われました。続けて、井上コーチから、「相手のクォーターバックと知り合いなのか。関学との定期戦がなくなってもいいだろう。相手のクォーターバックが怪我をして秋の試合に出られなかったら、こっちの得だろう。これは本当にやらなくてはいけないぞ」と念を押され、「髪型を坊主にしてこい」と指示されました。ポジションの先輩から、「井上コーチに宮川にアラインはどこでもいいから1プレー目からクォーターバックを潰せと言っとけ」と言われた旨を告げられました。「相手を潰すくらいの強い気持ちでやってこい」という意味ではなく、本当にやらなくてはいけないのだと思い、追い詰められて悩みました。

試合の日、事件が起きた時

5月6日、色々悩みましたが、これからの大学のフットボールにおいて、「ここでやらなければあとがない」と思って、試合会場に向かいました。試合のメンバー表に私の名前はありませんでした。その後の試合前のポジション練習時に、井上コーチに確認したところ、「いま言ってこい」と言われたので、私は監督に対して直接「相手のクォーターバックを潰しにいくんで使ってください」と伝えました。監督からは、「やらなきゃ意味ないよ」と言われました。

戻った私は、井上コーチに監督と話をしたこと、監督から「やらなきゃ意味ないよ」と言われたことを伝え、さらに井上コーチに対して、「リードをしないでクォーターバックに突っ込みますよ」と確認しました。井上コーチからは、「思いっきり行って来い」と言われました。このことは同じポジションの人間は聞いていたと思います。

その後、試合前の整列の時に井上コーチが近づいてきて、「できませんでしたじゃ済まされないぞ、わかってるな」と念を押されました。本件直後は何も考えられない状態でした。そのため、相手のクォーターバックが怪我をして代わったことにも気づいていませんでした。普段の試合でこんなことはありえません。

本件で問題になっている1プレー目の反則行為のあと、2プレー目が終わり、コーチに呼ばれてサイドラインに戻った時に、井上コーチから「キャリアに行け」と言われましたが、散々「クォーターバックを潰せ」と指示されていたので、井上コーチの発言の意味が理解できず、再びパスをしてボールを持っていない状態の相手チームのクォーターバックにタックルをして倒し、2回目の反則を取られました。

3回目の反則は、相手に引っ張られて尻餅をついたあと、相手のオフェンスの方に行こうとした際に、正面から向かってきた相手選手をついた行為に対して取られました。この反則は、普段から「相手が掴んできても大人しすぎる」などとコーチから指摘されていましたし、「やる気がない」として外されていたので、向かってきた相手選手にやられっぱなしにできないと思って、意識的に行った行為でした。

退場になりテントに戻ったあと、事の重大さに気づき泣いていたところ、井上コーチに見られていました。

試合後、スタメンと4年生が集められたハドルの時に、監督から「こいつのは自分がやらせた。こいつが成長してくれるんならそれでいい。相手のことを考える必要はない」という話がありました。そのあと着替えて全員が集まるハドルでも、監督から「周りに聞かれたら、俺がやらせたんだと言え」という話がありました。井上コーチからは、私が退場になったあと、DLの上級生リーダーが、私に相手クォーターバックに怪我をさせる役割をさせたことをすまなく思って、「自分にもやらせてほしい」と申し出たという話を紹介して、「その上級生は、自分にもやらせてくれと言ったぞ。お前にそれが言えるのか。お前のそういうところが足りないと言っているんだ」と言われ、退場後に泣いていたところについても、「優しすぎるところがダメなんだ。相手に悪いと思ったんやろ」と責められました。

試合後

5月8日、井上コーチから午後5時頃に、グラウンドに呼び出されました。私がグラウンドのクラブハウスで待っていると先輩が来て、私の様子を心配してくれました。先輩に「もうアメフトはできない」と伝えると、先輩も「そうだよな」と応じてくれました。そのあと学生のスタッフが来て、監督が待っているコーチ部屋に行くように言われました。

当初コーチ部屋には監督1人でした。私と監督が話し始めると、遅れて井上コーチと鈴木コーチが来て、監督との話を聞いていました。私が監督に対し、「もうフットボールはできない」と言うと、監督は「お前の罰は、あの時罰退になって退場になって、お前の処罰は終わっているんだからいい。世間は監督を叩きたいだけで、お前じゃない、気にするな」と言われました。そのあと監督は練習に出て行ったので、井上コーチと鈴木コーチの3人で話をしました。当然2人のコーチからは事実関係の確認はなく、「お前が辞める必要はないだろう。向こうとの試合がなくなろうと別にいいだろう」というような話をして、退部を申し出た私を引き止めようとしてきました。

しかし私としては、あんなプレーをしてアメフトを続けることはとても考えられませんでした。

5月9日、森ヘッドコーチから三軒茶屋のキャンパスに呼び出されて、「辞めるべきじゃない。フットボールで返していくしかない。監督が厳しく言ったことをそのままお前に伝えたコーチに責任がある」と言われました。

5月11日、前日の謝罪文公表を受けて、こちらから井上コーチに連絡をして、本部にある監督の部屋で、監督と井上コーチ、私と両親で面会しました。父から、「個人的にでも相手方選手と家族に謝りに行きたい」と申し出たところ、監督からは「今はやめてほしい」と言われました。父から、監督・コーチから選手に対して対戦校のクォーターバックに「怪我を負わせろ」と指示を出し、選手はそれに従っただけである旨の公表を求め、そのメモを先方に渡しましたが、「公表できない」と断られました。

面会のあと、井上コーチから父に連絡があり、理由の説明もなく、「関学アメフト部の監督に謝りに行く」と言われました。父がアポイントを取ってほしい旨を求め、アポイントを取ろうとしたようですが、先方から断られたと連絡がありました。

しかし、夜中に再度井上コーチから父に連絡があり、「謝りに行く、息子さんを行かせてください」と言われて、関西学院大学に行くことになりました。

5月12日、謝罪のために私と井上コーチで関西学院大学を訪れましたが、再度先方から面会を断られたため、関学アメフト部の監督にお会いすることはできませんでした。

5月14日、井上コーチから父に連絡があり、三軒茶屋のキャンパスに来てほしいと呼び出され、父と2人で訪問しました。その日は、そのあと私と父が、関東学生アメリカンフットボール連盟の規律委員会で聞き取り調査を受けました。

5月16日、私は日本大学本部の体育局にチームの幹部とともに呼ばれましたが、先方はどう出てくるかわからない不安が強く、体調も良くなかったため、私は行きませんでした。

5月18日に、私と父で関学アメフト部クォーターバックの選手およびご両親を訪問し、直接謝罪の意を伝えました。

最後に本件は、たとえ監督やコーチに指示されたとしても、私自身がやらないという判断ができずに、指示に従って反則行為をしてしまったことが原因でありその結果、相手選手に卑劣な行為で怪我を追わせてしまったことについて、退場になったあとから今まで、思い悩み反省してきました。

そして、真実を明らかにすることが償いの第一歩だと決意して、この陳述書を書きました。相手選手、そのご家族、関西学院大学アメリカンフットボール部はもちろん、私の行為によって大きなご迷惑をおかけした関係者の皆様に、改めて深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。

 

 

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