トモーヌのひとりごと

レゴや音楽、政治などを扱う雑記ブログ

広がる自己責任論 安田純平さんは自己責任ではない

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最初に言いますが、私は「自己責任」という言葉が嫌いです

そして安易にこの言葉を使う人たちを「頭が悪い人」であると考えております

このように過去記事でも書いてありますように「自己責任」と安易に使う人が多いように感じます 

ネット上なんかは特に多いですね

安田純平さんの件で「自己責任」について考えさせられる中、私は「安田さんは自己責任ではない」という立場で書いていきます

拘束は自己責任ではない

今回拘束されたのは彼の自己責任ではない

単純にテロリストが悪いだけである

「危険な地に自ら行って捕まるのは自己責任では?」と考える人もいるだろう

ジャーナリストという仕事を選んだことは自己責任でいいだろうが、テロリストに拘束されるのは自己責任の範疇を超えている

理由は簡単だ

自分に過失が無く尚且つ自分自身での解決が不可能だからである

別にテロリストに攻撃を仕掛けたわけでもない

それに他所の国を巻き込んでおり、相手は反社会的組織

個人の責任の範囲を超えているのは誰でも分かるだろう

仮に安田さんが自己責任論者であっても同じだ

「あなたの責任じゃ無理なレベルだよ」となるわけだ

安田さんが日本政府を批判していたそうだが、仮に日本政府をディスりまくっていたとしても国は邦人保護の義務があるので安田さんを保護するために働きかけなくてはいけなかった

まあ出来る事ってそんな多くはないだろうけど

それならそれで「現在の我が国が出来る事はコレだけでした」と正直に言うべきである

抽象的な言葉で誤魔化すのはもってのほかである

 

会社勤めで例えるなら、あなたのやっている仕事で会社の運命を左右する問題に発展してしまった時、平社員であるあなた1人で責任を負えるのか?って話です

社会的問題ならトップが謝罪するでしょ?

「自己責任」と謳って仕事をしていたとしても、自分の器以上の問題が発生したらあなた以外の人間が責任を負うのですよ

 

私としては「安田さんが拘束された時点で自己責任適用外である」が結論だ

ジャーナリズムとは

戦場ジャーナリストは当然ながら危険地へ行く

現地でテロリストに襲われる可能性もあるわけだ

それでも彼らは戦場の状況を取材しにしくわけよ

平和な日本に住んでいれば「そんな紛争地域の事なんかどうでもいいや」と考えちゃうかもしれないけど、紛争地域に住む人は「ウチの国の現実が明るみになれば」と思ってもおかしくないわけだ

こんな痛快なツイートがあったので引用させてもらった

拘束されないに越した事は無いが、安田さんのように戦場ジャーナリストのおかげで我々も戦地の情報が入ってくるのだ

そして現地の人たちは自分の国の惨状を世に伝えることが出来る

人の気持ちを動かすには情報が必要である

しかしその情報が困難な地にあるとしたらどれだけの人がやるだろうか?

私は怖くて行けません

「そんなの必要ないじゃん」と考えている人、あなたはそうだろうけど必要としている人間はいますよ

私はその手の情報を見ている側なので「必要」と考えています

需要があるから戦場ジャーナリストが必要なのです

自己責任が通用する事例は少ない

世の中で起きている物事は、あらゆる要素が混ざり合っています

自己責任というのは1から10まで自分自身で完結出来ることが前提であるので、適用されるものが少ないのです

今回の事件でも安田さん1人で負える責任がどれだけあるでしょうか?

外交案件なんか無理に決まっているでしょ

そんなレベルの案件まで自己責任に出来るなら逆に凄いわ

 

例えば夜、1人で裏路地を歩いていたらガラの悪い奴に殴られたとします

責任は誰にあるでしょう?悪い奴は誰でしょう?

殴ってきたガラの悪い奴に刑罰を受ける責任が発生しますよね

では殴られた側は自己責任なのでしょうか?

「夜道を歩くほうが悪い」とでも言うのでしょうか?

それではイジメ問題で「イジメられる側にも問題がある」という人と同じ理屈ですね

基本的に落ち度が無いのに責任もクソもありませんよ

危険な夜道が異常なだけですから

確かに危険な目に合いやすいかもしれませんが、被害者を責める口実にはしてはいけないのです

 

世の中「自己責任」が適用するものってそんなに無いですよ

100歩譲っても本人が自分自身に言い聞かせる言葉でしかないのですよ

他人に対して使えば攻撃になってしまいます

自己責任論者の主張を聞いていると「安田は生きて帰ってくるな」が結論のように感じるのです

それはあまりにも酷いでしょ

安田さんの責任は?

1から10でないにしても安田さんの責任はある程度あるでしょう

しかし負える範囲も限りがあります

仕事がジャーナリストなので3年分のネタを世に発信することが一つの責任の取り方なのではと思います

そして家族や開放に至るまで働いてくれた人達への感謝かなと

こんな事は他人が言わなくても分かるとは思いますけどね

自己責任論者の酷い言動

にしても自己責任論者は揃いも揃って汚い言葉を使いたがりますね

私も大概口が悪いほうと自覚していますが(アホってよく使うから)

人命まで軽視する発言まで飛び交う日本の一部の人たちには軽蔑していまいますよ

安田さんを責める人たちは安田さんの過去ツイートを見て批判をしているのでしょう

確かに喧嘩を買うような姿勢の安田さんのツイートは煽っているように感じます

何度も言いますがテロ組織による拘束は安田さんの責任では負えない問題なので自己責任適用外です

叩く人たちはただ単にマウントを取って攻撃したいだけでしょう

私が見る限り自己責任論者は誰一人として「責任の範囲」「責任の定義」についての議論なんか無く、自己責任という結論ありきで話を進めています

単純に「助かって良かったやん」ってならないあたりが残念なところ

気に入らない相手を徹底的に叩いて正義に浸っているだけでしょう

それなら「気に入らないから叩いているだけや」って言ったほうがカッコイイです

 

「社会的正義」じゃなくて「好き嫌い」で叩いているんじゃないの?

正直言ったらどうですか?

「好き嫌い」は別に悪い事じゃないよ

でも「生きて帰ってくるな」みたいな主張はクソだと思うぞ

ダルビッシュ有さんのツイート

メジャーリーガーであるダルビッシュ有さんがこの問題についてツイートをしており話題になっています

これに沢山のリプがついておりバズっておりますが批判的というか自己責任論者達がリプを送りつけていますね

ダルビッシュ有さんも優しいのか、いくつかのリプには返事を返しており議論っぽくなっています

一通りのツイートを見てきましたが、ダルビッシュ有さんの発言は正論であると思いますね

人命一番に考えれば理解出来る話ですが、どうも反論する人たちは人命以外を優先的に考えているようですね

自己責任論者の本心は何なのでしょうね?

「安田さんが生きて帰ってこない現実」が希望なのでしょうか?

テロリストに身代金が渡ってしまい新たな犠牲が生まれるのを危惧する方もいますね

うーん、確かにそれも困った話ですが起きてしまった以上はどうすることも出来ません

そういう人たちは安田さんにどう責任を取ってほしいのでしょうか?

安田さんに対して自己責任を振りかざす人たちは「どう責任を取ればいいのか」を言わないのでギャーギャー騒いでいるだけなんですよね

だから結局、「マウントを取って攻撃したいだけなんじゃないかな」ってダルビッシュ有さんへのリプを見て思いましたね

まとめ

表現の自由の名の下に自己責任を振りかざし安田さんを攻撃する人が相次ぐ日本

悲しいというか残念というか

責め立てて一体どうしたいのでしょうね

この問題は過去記事でも取り上げてあるので良かったら一読を

「自己責任」が適用出来るものが世の中どれだけあるかを一度考えてみてはいかがかな?