トモーヌのひとりごと

レゴや音楽、政治などを扱う雑記ブログ

「~では?」という言い回しが嫌いで仕方がない。使う奴に向けて記事を書いてみた。

日本のインターネットでは、匿名性や距離感のあるコミュニケーションが多く、活発な議論が展開されることが少なくありません。特に、SNSや掲示板、ブログのコメント欄では意見の衝突や指摘がよく見受けられます。こうした議論の中で頻繁に目にするのが、「~では?」という言い回しです。この言い回しは、相手の発言に対する反論や疑問を表す際に使われることが多いですが、筆者としてはこの表現に対して不快感を覚えることがあります。なぜこのような感情が生じるのか、そしてこの表現は議論において有益なのか、今回はその点について考察します。

「~では?」という言い回しの使われ方

「~では?」という表現は、日本語の中でも控えめに意見を表す手段の一つです。この言い回しは、直訳すると「そうではないか?」という疑問形になりますが、実際の使用においては、単に疑問を投げかけるのではなく、相手の主張に対する暗黙の反論や、何か問題があることを指摘するニュアンスを含むことが多いです。たとえば、何か事実誤認を指摘する際に、「それは事実誤認では?」という風に使われるケースが多いです。この曖昧な反論の形が、使い方次第で相手に対する印象を左右する要因となっています。

筆者が抱く嫌悪感の理由

「~では?」という言い回しに対して、筆者が嫌悪感を抱く主な理由は、その曖昧さと責任回避的な態度にあります。まず、この表現は直接的な主張を避けており、あたかも「ただの疑問を投げかけているだけ」というポジションをとることができます。しかし、その裏には明らかに「あなたが間違っている」という含意が潜んでいることが多く、結果として相手を批判しているにもかかわらず、批判をしているという責任を負わない態度が見え隠れします。

また、この表現は一見控えめに見えるため、攻撃的に受け取られないと思われがちですが、実際には相手に不快感や困惑を与えることが多いです。特に、相手が自身の意見に自信を持っている場合、この曖昧な指摘に対して「どう反応すれば良いのか」という戸惑いを生む可能性があります。筆者としては、こうした曖昧さや責任回避の態度が、健全な議論や対話を阻害する要因になっていると感じます。

「~では?」が与えるコミュニケーションへの影響

「~では?」という言い回しは、表面的には控えめで疑問を投げかける形をとっていますが、実際にはコミュニケーションに微妙な影響を与えます。この表現が持つ影響の一つは、曖昧さです。曖昧な表現を使用することで、発言者は明確な意見表明を避け、誤解を招かないようにしているかのように見えますが、その結果、相手には不確かな印象を与えます。

この曖昧さは、しばしば「責任回避」として受け取られ、特にネット上の議論において相手を不安定にさせます。たとえば、「それは間違いでは?」という表現を使うとき、発言者は相手の発言を正面から否定しているわけではないものの、間違っている可能性をほのめかしています。相手にとっては、「では?」という言い回しの背後にある本音が気になり、明確な反論なのか単なる疑問なのか判断がつきにくくなります。

また、この表現は相手を防御的な立場に追い込むことがあります。「では?」という疑問形の表現は、相手にその発言に対して何かしら反応を求める形を取るため、相手は防御的になりがちです。「そうではない」と説明しなければならないプレッシャーを感じさせる一方で、表現自体は曖昧なため、相手はどう返答すればよいか迷うことになります。これにより、建設的な議論が進みにくくなる場合があります。

さらに、ネット上の議論で「~では?」が多用される場合、その使い方次第でコミュニケーションの質が低下する可能性があります。この表現は一見攻撃的ではないため、発言者が自己正当化しやすく、実際には相手に対して批判的な意図があっても「ただ疑問を呈しただけ」という姿勢を取ることができます。このような態度が積み重なると、対話の質は次第に低下し、相手との信頼関係や議論の生産性にも悪影響を及ぼします。

他の言い回しとの比較:「~では?」の利点と欠点

「~では?」という表現は、日本語特有の遠回しなコミュニケーションの一環ともいえるため、同様の意味を持つ他の表現と比較することで、その利点と欠点がより明確になります。たとえば、次のような表現が考えられます。

  • 「~だと思いますが」
    この表現は「~では?」と同様に控えめな反論を示すことができますが、より個人的な意見として明示されているため、相手に対する攻撃性が軽減されます。しかしながら、自分の意見をあくまで主張しているため、責任感を持って発言しているという印象を与えられます。
    利点:個人の意見として表現しやすい。相手に対する攻撃性が少ない。
    欠点:直接的な反論ではないため、議論がやや曖昧に進む可能性がある。

  • 「~ではないでしょうか?」
    この表現は「~では?」と似ていますが、より丁寧で疑問形が強調されています。相手に配慮しつつも、自分の意見を示すことができるため、議論においては柔らかいトーンで進めることができます。
    利点:丁寧で配慮のある言い回しができる。相手に対して攻撃的に映りにくい。
    欠点:過度に柔らかい表現のため、時には相手に真意が伝わりにくい場合もある。

  • 「~は間違っているのでは?」
    これは「~では?」の強調版ともいえる表現で、よりはっきりとした反論や指摘の意図が感じられます。相手に対しては批判的なニュアンスが強く、議論がヒートアップする可能性が高まります。
    利点:明確な反論を示すことで、議論の焦点が絞られる。
    欠点:相手に対する攻撃性が高まる可能性がある。

このように「~では?」は、控えめかつ曖昧な言い回しであり、議論を一時的に和らげることができる一方で、責任感の欠如や相手に対する不快感を生むリスクが高い表現です。控えめな日本語表現としての利点はあるものの、その欠点がしばしば議論の進行を妨げる要因となります。

結論:今後のインターネットコミュニケーションのあり方

「~では?」という表現は、インターネット上の議論やコミュニケーションにおいて、使い方によっては相手に不快感や混乱を与える可能性が高いです。曖昧さや責任の回避、さらには攻撃的に受け取られることが多いため、健全な議論を促進するためには他のより明確な言い回しを選択することが望ましいでしょう。

例えば、自分の意見をより丁寧に述べる「~だと思いますが」や、相手に対する配慮を示しつつ疑問を提起する「~ではないでしょうか?」のような表現が、建設的な対話に役立つことが考えられます。インターネット上でのコミュニケーションは匿名性ゆえに感情がぶつかりやすい環境ですが、その中でも言葉の選び方を工夫することで、相手との理解を深め、健全な議論を進めることができるでしょう。